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病院ブログ

あなたが眠りにつくのを見るのが 最後だとわかっていたら わたしは もっとちゃんとカバーをかけて

神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう 。

 

あなたがドアを出て行くのを見るのが 最後だとわかっていたら わたしは あなたを抱きしめて キスをして

そしてまたもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう 。

 

あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが 最後だとわかっていたら

わたしは その一部始終をビデオにとって 毎日繰り返し見ただろう 。

 

あなたは言わなくても わかってくれていたかもしれないけれど 最後だとわかっていたなら

一言だけでもいい・・・「あなたを愛してる」と わたしは 伝えただろう 。

 

たしかにいつも明日はやってくる でも、もしそれがわたしの勘違いで

今日で全てが終わるのだとしたら、 わたしは 今日 どんなにあなたを愛しているか 伝えたい 。

 

そして わたしたちは 忘れないようにしたい 。

 

若い人にも 年老いた人にも 明日は誰にも約束されていないのだということを 。

 

愛する人を抱きしめられるのは 今日が最後になるかもしれないことを。

 

 

この詩はノーマ・コ―ネット・マレックの「最後だとわかっていたら(Tomorrow Never Comes)」から抜粋したもので、1989年に10歳で亡くなった息子サムエルに捧げた詩です。

禅宗に『而今(にこん)』という禅語があります、命の真実は『』にしかないことを説いた言葉です。私たちは『』この瞬間にしか生きることはできません。昨日の自分はすでに死んでいるのと同じ。明日生きているという保証もないのです。であるからこそ、『』という時期を大切に生きることが大事なのです。「最後だとわかっていたら」はまさにこの事を詠った詩なのですね。

高齢になり、朝目覚めた時に、「今日も生きていて良かった」と思うのは私だけでしょうか?

 

令和元年10月10日 顧問 藤田 泰志