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メサイア・コンプレックス

メサイア・コンプレックス

困っている人を救いたい」「人類の幸せのために尽くしたい」というように、「人の役に立ちたい」と思う気持ちは、とても尊いですよね。でも、その動機の裏に抑圧された欲求や感情があると、ちょっとやっかいなのです。

 

メサイア・コンプレックス」という言葉をご存知ですか?

メサイア」とはメシア、つまり救世主のことです。自分で自分を救い、愛することができないのに、世のため人のために尽くすことにこだわることを、「メサイア・コンプレックス」といいます。

メサイア・コンプレックス」によって人を援助すると、やっかいなことがあります。それは、理想と違う現実に出くわすと、志半ばで投げ出してしまう人が多いことです。

たとえば、高邁な理想を掲げてボランティアに志願しても、「仕事がキツい」「メンバーが気に入らない」と文句を言って、すぐに帰ってしまう人が少なくないのです。

メサイア・コンプレックスの人の心の底には、現実逃避や現状不満、劣等感があるため、その反動で過度な理想主義に走る傾向があります。しかし、実際には悩める人が渦巻く現場では、理想どころか過酷な現実を突きつけられることばかりでしょう。そのため、つらい現実に落胆し、そこからも逃げ出したくなってしまうのです。

 

こういう人は、「やさしさ」によって人の役に立ちたいと思っているわけではありません。

自分や現実を変えたいから」「自信をつけたいから」「感謝されたいから」「自分が救われたい」という、自己中心的な動機が先に立っているのです。

しかし、悩める人に必要なのは、自尊などを超えた「まごころ」から生じる援助です。自己中心的な動機による援助は、対人関係や状況に振り回されやすく不安定です。

では、「まごころ」による援助は、どうしたらできるようになるのでしょうか?

 

マズローは、人間の欲求は「自己実現」へと向かい、それが満たされてはじめて「自己超越」に至る、と説いています。それにはまず、生理的欲求や安全、愛情などの低次元の欲求が満たされている必要があります。

 

これらの低次欲求が満たされると、次に「認められたい、尊敬されたい」という自尊欲求が生まれます。

これも満足できて、はじめて「自分らしく生きたい」「自分を生かしたい」という自己実現欲求が生まれるとマズローは言います。

そして、自己実現できた人が最後に至るのが「自己超越」である、と説いています。

人類救済への情熱は、自己実現ができたのちに自然に湧いてくるものだと考えられています。

マズローの欲求段階説には賛否両論ありますが、納得できる部分も大いにあります。

つまり、「親身になって人の援助をするには、まず自分が満たされていることが大事」ということです。

 

ただし、それは必ずしも社会的な成功を意味するわけではありません。

愛情に囲まれて安心できる暮らしをし、無理せずに自分らしい生き方ができていても、自己実現を果たしているといえるでしょう。

すべては「自分の心」が決めるのです。

あなたの場合はどうでしょうか?まず以下のポイントを見直してみてください。

 

  • 食べるもの、住む家に困らず、安全な暮らしができているか
  • 自分を愛してくれる人、自分も愛せる人が身近にいるか
  • 職場や地域社会、サークルなどに満足しているか
  • 努力や自分らしさを認められ、ほめられているか
  • 求めていた生き方が見つかっているか
  • 自分らしい人生を送れているか

 

このように、自分が満たされれば、自然に「人の役に立ちたい」「世の中のことを考えたい」という気持ちが湧いてくるのではないでしょうか。

 

開業したばかりの動物病院は、まだ収入が不安定で、ボランティアどころの話ではないので、野良猫さんに低料金で診察したいのですが、経営上難しいのです。

ある程度衣食住の安定が出来てくると「さくらねこ動物病院」みたいな形式の低料金システムの動物病院も成り立つようになるのです。市井の猫ボランティアの方々も上記の6条件が満たされてから、外猫の世話をしないと自分も他人も不幸になってしまいますので、無理しないようにしましょう。過去に外猫の不妊手術、治療などを個人で過剰にされていた方で、自己破産された方を若干名存じておりますが、本当に本末転倒です。

 

昨今、世間を騒がしている「多頭飼育崩壊」というのは、メサイアコンプレックを持っている人の対象が人から猫に向かった時に生じていると思われてならない。

 

30年 4月 10日  院長  藤田泰志