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肥満と脳の関係

 

様々な統計から、肥満と脳の容積には、相関関係があるらしいと言う事が解りました。

 

1) 脳はいつまでも成長し続ける

 

大人になってから勉強をしても、もう脳の発達は止まっているし、無駄なのではないか。そう考えたことのある人もいるかもしれませんが、実はそんなことはありません。脳のあらゆる細胞は、年齢に応じて右肩下がりで減っていきます。

しかし、いつも新しい細胞を生み出している場所があります。それが「海馬です。

海馬は首の裏側あたりの、ちょっと奥まったところにある小指ほどの大きさの器官です。私たちの記憶を担当しています。

 

従来、脳細胞は、生まれたときをピークに減り続けていくと考えられていたのですが、最新の脳医学研究から、 「海馬だけは、脳細胞を新しく生み出している」ということがわかりました。

大人であっても、脳(海馬)の細胞は日々、新生されているのです。ですから私たち大人に求められる脳との「付き合い方」は、今ある脳の老化を防ぎ、成長を促すことだとわかります。

たとえば子どもと睡眠に関する調査では、睡眠不足はそれだけで、子どもの海馬を萎縮させることが明らかとなりました。

また、690人の男性と、738人の女性を対象とした調査では、男性の肥満が海馬の体積に悪影響を与えている」ということがわかりました(女性の肥満においては、そこまでの関連性は読み取ることができませんでした)。

男性の皆さんは「太ると脳に悪い」ということを覚えておきましょう。

 

2)「勉強好き」な人の脳は老化しにくい

 

勉強好きな人の脳は、なかなか老けることがありません。約400人を対象に8年間にわたって行った私たちの調査では、「知的好奇心」の高い人ほど、認知機能を担当する「側頭頭頂部」の萎縮が少ないことがわかっています。

知的好奇心」とは、知りたい、学びたい、達成したいといった気持ちのことです。

勉強、仕事、ボランティア、趣味などにイキイキと取り組んでいる人ほど、脳は若く保たれていたのです。「脳」への栄養は、知的好奇心なのです。

 

やはり、男性にとっては高齢になっても、仕事が大事なことはよく理解されたと思います。特に知的好奇心こそ、脳の衰えを遅らせますので、パソコン、スマホは苦手と言わないで、使うようにしましょう、そうすれば世界と通じ合い、いろんな興味が湧いてくると思います。

 

30年8月10日   院長   藤田泰志

 

 

リーキーガット症候群

  リーキーガット症候群」とは、腸粘膜を構成する細胞に穴が開き、体にとって有害な物質が入り込むために様々な症状が起こる病気です。リーキーガット症候群は英語でLeaky Gut Syndromeと表記され、文字通り、漏れやすい(Leaky)腸(Gut)の状態を指します。したがって、リーキーガット症候群は、英語名を略したLGSや腸管壁浸漏症候群(ちょうかんへきしんろうしょうこうぐん)、腸漏れと呼ばれることがあります。健康な腸では食べ物や空気に交じった病原菌など、体にとって害のあるものを体内に入れないよう腸の粘膜細胞が排除しています。しかし、リーキーガット症候群では、腸の粘膜が壊れて穴だらけになっているため、体にとって有害な物質が体内に侵入してしまいます。本来であれば排除されるはずの異物が体内に侵入すると、その異物に全身が反応して、重い病気や精神に関わる症状が出始めます。

 

リーキーガット症候群が起こる原因

例えば、PCB(ポリ塩化ビフェニル)や農薬、水銀といった化学物質は、腸の粘膜細胞や「細胞同士が密着した結合(=タイトジャンクション)」を破壊することが知られています。同様に、病気の治療で使われる抗生物質や胃酸の分泌を抑える薬を使用した場合でも、リーキーガット症候群が生じます。また、小麦粉に含まれるグルテンと呼ばれるタンパク質が腸の粘膜を覆う腸管上皮細胞(ちょうかんじょうひさいぼう)を破壊し、腸漏れを加速させることが文献から示されています。この他にも、リーキーガット症候群を招く原因として、ストレス、加工食品に含まれる添加物、寄生虫、 鎮痛剤、アルコール、カフェインなどがあります。

 

リーキーガット症候群の身体的症状

リーキーガット症候群になると腸の粘膜が破壊されてしまうために、腸では正常な消化・吸収活動ができなくなります。その結果、十分な栄養素を取り込むことができず、細胞の機能が低下して、全身の健康に害を及ぼすようになります。リーキーガット症候群によって引き起こされる身体的症状としては、・食物アレルギー・アトピー・花粉症・リウマチ・消化不良・膨満感・下痢・便秘・炎症性腸疾患・肥満・関節炎・肝機能障害・高コレステロール血症・糖尿病・多発性硬化症・慢性疲労症候群などがあります。

 

腸のバリア機能が壊れると心の不調が生じる

リーキーガット症候群になると副腎(ふくじん)と呼ばれる臓器で、コルチゾールやアドレナリン(エピネフリン)、ノルアドレナリン(ノルエピネフリン)などのホルモンが大量に作られます。こうしたホルモンは外部からのストレスに対抗したり、腸の粘膜が破壊されたことで生じた炎症を抑えたりする際に使われます。

このようなストレスホルモンの中で、特にコルチゾールが長期間にわたって作られると副腎に大きな負担がかかります。その結果、副腎が疲れ切ってその機能が低下し、コルチゾールを作ることができなくなってしまいます。このような状態では、ストレスに対処するのが困難になってしまいます。すると、人によってはうつ、パニック、恐怖、強い不安感など、メンタルに深刻な影響が出るようになります。そのため、リーキーガット症候群でアドレナリンとノルアドレナリンが過剰に分泌されて、常に交感神経が優位になると、性格が攻撃的になったり、強い不安や恐怖を感じたり、暴力的になったり、イライラしたりするようになります。その一方で、このアドレナリンとノルアドレナリンが休みなく作られると、ますます副腎は消耗し、最終的にこの2つのホルモンを作り出すことができなくなってしまう状況になります。アドレナリンとノルアドレナリンが作られなくなって不足すると、気分が激しく落ち込んだり、喜びの感情がなくなったり、やる気が低下したりするなど、うつ病に似た精神症状が出ることがあります。

 

リーキーガット症候群の精神的症状

リーキーガット症候群によって引き起こされる精神的症状には・不眠・イライラ、怒り・うつ病・自律神経失調症・不安神経症・統合失調症・集中力低下・喪失感・自殺願望・パニック障害・アルツハイマー病・パーキンソン病・自閉症・ADHDなど

 

リーキーガット症候群を改善する方法

リーキーガット症候群を改善するには、この病気を発症させている原因と取り除くことが大切です。そのためには、なるべくストレスを減らすように心がけ、農薬や殺虫剤などの化学物質を使わない生活に切り替えます。リーキーガット症候群を根本的に治療するためには、上記に示した方法以外に、「何を食べるか」と「何を食べないか」を考えることが、治療を進める上で重要になります。

 

(1)グルテンとカゼインを避ける

小麦粉に含まれるグルテンは、腸の細胞を傷つけます。また、グルテンは腸内細菌に住むカンジダが増える原因にもなります。カンジダが増えると、腸の粘膜細胞が破壊されてしまいます。そこで、リーキーガット症候群の人ではグルテンを含んだパスタやパン、菓子、調味料などをなるべく控えるようにしましょう。また、グルテンの他に、牛乳やヨーグルト、チーズに含まれるカゼインというタンパク質が炎症を引き起こして、腸の細胞を壊すことが知られています。つまり、カゼインもリーキーガット症候群の原因になります。

(2)炎症を抑える栄養素を摂る

リーキーガット症候群の人では、体内で炎症が起きています。そのため、炎症をしずめる栄養素を摂取することで、リーキーガット症候群が軽減されます。オメガ3系脂肪酸には、EPA(エイコサペンタエン酸)とDHA(ドコサヘキサエン酸)があります。EPAとDHAは腸の炎症を抑えるほかに、傷ついた腸粘膜を修復する働きがあります。EPAとDHAはイワシやサンマ、ブリなどの青魚をはじめ、マグロやウナギに豊富に含まれています。

(3)グルタミンを積極的に補給する

グルタミンは大豆、海藻類、肉、魚、卵、アーモンド、トマトなどの食品に多く含まれています。しかし、グルタミンは熱を加えると性質が変化してしまうため、魚は刺身で食べ、海藻やトマトなどは野菜サラダとして食べるのが良いとされています。

(4)善玉菌を増やす食品群を摂る 

腸内には100兆個から1,000兆個の腸内細菌が住んでいると考えられています。こうした腸内細菌で善玉菌、悪玉菌、日和見菌が適切なバランスで存在していると、健康な体を築くことができます。善玉菌を増やす食品には、納豆、ぬか漬け、味噌などがあります。こうした食品には、善玉菌の1種ある乳酸菌(にゅうさんきん)やビフィズス菌が豊富に含まれています。このほかに、善玉菌のエサとなる食物繊維を摂るのも有益です。大豆やアーモンド、おから、あずき、グリンピースなどに、食物繊維が豊富に含まれています。

 

 

私もハチミツ ヤセ菌で検索してリーキーガット症候群にたどり着きましたが、この疾患に7割くらいの人が該当すると統計上に出ていたのには驚愕しました。まさに医食同源と昔の人は気づいていたのですね。終戦後にアメリカから無償で小麦粉が輸入され、小学校では脱脂粉乳とともに給食がパンになりました。アメリカの深謀遠慮的な発想で、小麦粉にはグルテンが入っていて分解過程でアヘン様物質に変換し、無性にパンを食べたくなる様になりパン食が主流になり、アメリカから小麦が大量に輸入されています。それと体質によりリーキーガット症候群が蔓延して、アトピー、花粉症などのアレルギー性疾患が増加しましたが、小麦粉食品と相関関係があると思うのは私の穿った見方でしょうか?

 

30年7月10日  院長 藤田 泰志

 

 

腹八分で医者いらず。腹六分目で老いを忘れる。腹4分目で神に近づく。

 水野南北先生は、江戸時代中期に活躍していた観相家で、日本の人相・手相占いの元祖とされている運命学者で、浪速の相聖」と謳われ、「日本相法の中祖」と敬称されています。

水野南北先生の著書『南北相法』は占い師のバイブルであり、 占い師を目指す者は必ず読む必要があるとされている本です。

 

水野南北先生は、主食は麦飯で、一日に麦一合五勺と決め、副食は一汁一菜で、米や餅を一切口にせず、お酒は一日一合までとし、生涯粗食で過ごされていたそうです。

水野南北先生は、食の慎しみ方で人相と運命が変わると強調しています。 人を占う場合は、必ずその人の食事の内容を詳細に聞いていたそうです。

少食にすれば腸相が良くなります。

腸相が良くなれば人相が良くなります。

人相が良くなれば運命が好転します。

水野南北先生の人相と食事の関連を見抜いた慧眼には感心させられます。

 

善相で良運で健康的でも、美味贅沢や淫色肉食をしていれば、次第に貧窮短命となります。

 悪相で凶運で病弱でも、一飯一菜を心掛けて節食していれば、次第に富貴延命となります。

世間にはあらゆる成功哲学や自己啓発が溢れていますが、人間の運命の根底にあるのは食の節制です。

食を厳しく節制する事によって、健康、立身、出世、蓄財、幸福、長寿のすべて得られるのです。

 

仏教には「不殺生」という教えがありますし、 旧約聖書には「汝殺すなかれ」という言葉があります。 東洋哲学では、人間が沢山食べると、間違いなく罰が当たるという思想があります。 食べるという事は、他の動物や植物の命を奪うという事です。 つまり、沢山食べる人は沢山の命を奪っているという事です。 自然界には、必要以上に食べ過ぎる事には罰が与えられるという仕組みが存在しています。 それが食べ過ぎる人には病気や早死にがもたらされるという事ではないかと考えられます。

 

私も若い頃カーネギーの信念の魔術、成功哲学など読みましたが、食で運命を変えるというのは初めてです。人間の寿命が尽きるのは一生のうちに食べる量が決まっていて、その量に達した時に起きるという説もありますが、友人知人の内で早死にしたのは確かに肥満体でしたね。

 

今年になってから、星野仙一、衣笠祥雄と有名野球人が鬼籍に入られたが、昭和が無くなっていくような気がして寂しくなります。

 

30年 6月 10日  院長 藤田 泰志

財徳    運命逆転の法則

世界では、億万長者が、毎日何百、何千という単位で誕生しているといわれています。

その反面、お金には縁のない人、お金が身につかない人、金運の全くない人もいることでしょう。

金運がない・・・一体何が原因なのでしょう。

大した苦労もせずに次から次へと金運に恵まれる、努力したことが必ず報われる、そうして得た金銭は必ず身につき増えてゆく。 そんな人は、前世で多くの人に施しをしてきた人といえます。しかし、その前世において自分にいくらお金があっても施しをしなかった。 困っている人を見ても知らぬそぶりで自分だけが裕福な暮らししてきた。た、それほど裕福な暮らしぶりでなくてもやろうと思えばそれなりに出来たのに施しをしなかった。 こうした人は、今世でお金が身につかない、金運がない人生を送ることになるわけです。 このような金銭による施しを『財徳』といいます。

 

金運のない人はどうすれば金運を得ることができるのでしょう?

一番の近道は、金運のない人、金回りが悪い人ほど、お金を寄付するとか、お金に苦しんでいる人、お金を必要としている人(例えば災害地・被災地などへの募金)などを助ける良き事に活用することです。

善用に施しをすることを『財施』といい、こうした財施をしない人は、いつまでも金運に見放された人生から抜け出すことは難しいといえるでしょう。

”私には、そんな人に施しをするような余裕はどこにもない・・・、”

人に施すくらいなら自分で使ってしまったほうがマシ・・・

と言っていては、ますます財徳を積むことが出来ず、貧乏なままの人生で終わってしまうことでしょう。つまり金銭の施し(財施)をすることによって、そのお金で人を幸せに出来喜んでもらえ、その分(人を幸せにした分)初めて自分の喜び幸せに変える事が出来、金運がUPされるのです。 『貧乏な人ほど施しをする』これが金運を呼び込む”運命逆転の法則”といえます。

 

お釈迦様の素晴らしい教えの中に、「托鉢」があります。

托鉢とは、笠をかぶったお坊さんが、家々を廻ったりあるいは道路の脇に立ち、手に鉢をもってその中にお布施を頂くという行為のことです。 お釈迦様は、托鉢に向かう弟子たちに、こう言いました。

お金持ちの家ではなく、貧しい人たちの家を回って、托鉢をしてきなさい!」と。

弟子たちは、驚きました。「お金持ちの家から、お布施を頂くのではないのですか?

これまで私は、托鉢とは僧侶が自らの糧を得るために、信心の布施を頂戴する修行だと思っていました。 しかし、これにはもっともっと深い意味があったようなのですお釈迦様は、弟子たちに、こう言ったそうです。

 

貧しい人たちというのは、今まで自分が貧しいと思って、他人に対して施しをしてこなかった人たちである。それ故に、貧しさから抜け出すことができずにいる。だから私たちが布施をいただきに行くのは、このような貧しい人たちを、その貧しさから救ってあげるためなのだから、貧しい人の家を回って来なさい。

 

托鉢に金額は関係ありません。 貧しさから抜け出す最初の一歩は、布施(寄付)をしたり、他人が喜ぶことのために、お金を使うことなのかも。

ボランティアをするなら、衣食住が安定してからとか、お金に恵まれない人はお布施をしなさいとか色々な説があって人生は難解なものです。

しかし、不遇な時は誰でもありますが、自棄にならないでその時が来るまで、「身体を鍛えるとか本をたくさん読め」と言われた将棋の故芹沢九段の言葉は真実だと思います。

 

30年5月10日  院長 藤田泰志

メサイア・コンプレックス

困っている人を救いたい」「人類の幸せのために尽くしたい」というように、「人の役に立ちたい」と思う気持ちは、とても尊いですよね。でも、その動機の裏に抑圧された欲求や感情があると、ちょっとやっかいなのです。

 

メサイア・コンプレックス」という言葉をご存知ですか?

メサイア」とはメシア、つまり救世主のことです。自分で自分を救い、愛することができないのに、世のため人のために尽くすことにこだわることを、「メサイア・コンプレックス」といいます。

メサイア・コンプレックス」によって人を援助すると、やっかいなことがあります。それは、理想と違う現実に出くわすと、志半ばで投げ出してしまう人が多いことです。

たとえば、高邁な理想を掲げてボランティアに志願しても、「仕事がキツい」「メンバーが気に入らない」と文句を言って、すぐに帰ってしまう人が少なくないのです。

メサイア・コンプレックスの人の心の底には、現実逃避や現状不満、劣等感があるため、その反動で過度な理想主義に走る傾向があります。しかし、実際には悩める人が渦巻く現場では、理想どころか過酷な現実を突きつけられることばかりでしょう。そのため、つらい現実に落胆し、そこからも逃げ出したくなってしまうのです。

 

こういう人は、「やさしさ」によって人の役に立ちたいと思っているわけではありません。

自分や現実を変えたいから」「自信をつけたいから」「感謝されたいから」「自分が救われたい」という、自己中心的な動機が先に立っているのです。

しかし、悩める人に必要なのは、自尊などを超えた「まごころ」から生じる援助です。自己中心的な動機による援助は、対人関係や状況に振り回されやすく不安定です。

では、「まごころ」による援助は、どうしたらできるようになるのでしょうか?

 

マズローは、人間の欲求は「自己実現」へと向かい、それが満たされてはじめて「自己超越」に至る、と説いています。それにはまず、生理的欲求や安全、愛情などの低次元の欲求が満たされている必要があります。

 

これらの低次欲求が満たされると、次に「認められたい、尊敬されたい」という自尊欲求が生まれます。

これも満足できて、はじめて「自分らしく生きたい」「自分を生かしたい」という自己実現欲求が生まれるとマズローは言います。

そして、自己実現できた人が最後に至るのが「自己超越」である、と説いています。

人類救済への情熱は、自己実現ができたのちに自然に湧いてくるものだと考えられています。

マズローの欲求段階説には賛否両論ありますが、納得できる部分も大いにあります。

つまり、「親身になって人の援助をするには、まず自分が満たされていることが大事」ということです。

 

ただし、それは必ずしも社会的な成功を意味するわけではありません。

愛情に囲まれて安心できる暮らしをし、無理せずに自分らしい生き方ができていても、自己実現を果たしているといえるでしょう。

すべては「自分の心」が決めるのです。

あなたの場合はどうでしょうか?まず以下のポイントを見直してみてください。

 

  • 食べるもの、住む家に困らず、安全な暮らしができているか
  • 自分を愛してくれる人、自分も愛せる人が身近にいるか
  • 職場や地域社会、サークルなどに満足しているか
  • 努力や自分らしさを認められ、ほめられているか
  • 求めていた生き方が見つかっているか
  • 自分らしい人生を送れているか

 

このように、自分が満たされれば、自然に「人の役に立ちたい」「世の中のことを考えたい」という気持ちが湧いてくるのではないでしょうか。

 

開業したばかりの動物病院は、まだ収入が不安定で、ボランティアどころの話ではないので、野良猫さんに低料金で診察したいのですが、経営上難しいのです。

ある程度衣食住の安定が出来てくると「さくらねこ動物病院」みたいな形式の低料金システムの動物病院も成り立つようになるのです。市井の猫ボランティアの方々も上記の6条件が満たされてから、外猫の世話をしないと自分も他人も不幸になってしまいますので、無理しないようにしましょう。過去に外猫の不妊手術、治療などを個人で過剰にされていた方で、自己破産された方を若干名存じておりますが、本当に本末転倒です。

 

昨今、世間を騒がしている「多頭飼育崩壊」というのは、メサイアコンプレックを持っている人の対象が人から猫に向かった時に生じていると思われてならない。

 

30年 4月 10日  院長  藤田泰志

山より大きなイノシシは出ない

山より大きな猪は出ない」という諺があります。

これの元は仏教が教えるところであるが、表面的には、「自分に出てくるどのような試練も、すべて自分が乗り越えられる程度の試練を仏さまはお出しになるのだ。」ということだが、さらに深い意味があるようだ。

 

まず、目の前に出てきた問題から逃げずに、一つ一つ取り組んで解決していけば、それだけ自分が成長できるワケです。

ところが、問題を解決せずに逃げていると、また別の問題が出てきて、それからもまた逃げるとしたら、また別の問題が出てくるというように、自分はまったく成長できないのに問題ばかりが山積みになってしまう。

そうなると、肉体的・精神的に破綻をきたすような状況に陥ってしまい、最悪の事態を招いてしまうことも起こりえる(殺人やら自殺やら・・)。

最悪とまではいかずとも、さまざまな事態を招く状況を作る原因はどこにあるかといえば、問題に原因があるのでも他人に原因があるのでもなく、キビシイようだが、結局のところ、問題をほったらかしにしている自分に一切の責任があるのだ、ということになる。

山より大きな猪は出ない」という諺には、どうやら上記のような意味も暗に含まれているようである。

ならば、どうすればよいか。

 

1.とにかく問題に立ち向かって努力し、解決する。

しかし、手段を間違うと、問題が大きくなる可能性もある。この場合は間違っていたと気付く(認める)ことが大事であり、それによって、新たな手段を見出せることもある。

それでもムズカシそうだったら・・・

2.経験豊かな他人に相談し、アドバイスを仰ぎ、解決する。

経験豊かな他人が近くにいなかったら、著書やネットなどからよさそうな情報を集めることも有効な手段である。つまりこの場合、著書やネットが「経験豊かな他人」に相当するワケである。

 

いずれにしても「山より大きな猪は出ない」わけだから、自分に出てくる問題で解決できない問題は決して出てこないということを肝に銘じることが大事であると思われます。 そして「なぜ自分ばかりがこんな目に遭うんだ?」と思っては決してならない、ということである。

仏様から試練が出されると言う事は仏さまから選ばれた人間であると思って生きていくと逞しくなれるのかな?

 

30年   3月 10日  院長  藤田 泰志

原因と結果の法則

すべての出来事には原因と結果があり、

いい結果は良い原因により創られる。

原因と結果の法則」というジェームズ・アレンの本をご存知の方は多いと思います。

この本は自己啓発書の原点と言われていますが大切な事だけをまとめたシンプルな本です。

現実で起こっている事のすべては、原因と結果であると言う事で、それを複雑にしているのはあなたの頭です。

 

ジェームズ・アレンの原因と結果の法則では

「自分こそが自分の人生の創り手である。」

という言葉が出てきます。

あなたが誰かに人生を壊される事も、

人生をめちゃくちゃにされることもありません。

もしそんな事があるのであれば、それはあなたの中に何かしら原因があるからです。

もしあなたが誰かに「人生をめちゃくちゃにされた

人生を壊された」と考えるのであれば、

れらの考えはあなたにもっと悪いことを引き寄せる「」となるでしょう。

 

もしも、あなたが「不幸な事」「物事のマイナス面ばかり見る癖ついてしまっているのであれば

自分の心を洗わない聖者は、聖者ではありませんというアレンの言葉通りあなたはあなた自身の心を洗う事をしていかなくてはいけません。

 

何か不幸な事が起こっても、それをどう捉えるかで、

その後の人生が変わると言う事です。

それがあなたの現実を、人生を、より良いものとしてくれるでしょう。

 

 

結論としてジェームズ・アレンは、

よきにつけ悪きにつけ心の中の「思い」が

原因となり、環境や健康と病気、

成功や失敗、富や貧困、喜びや悲しみといった結果を

もたらすとしている。また、成功するには、

気高い夢を見て目標をもち、

単に成功したいと思うだけではなく、

欲望を犠牲にし「自分はそれを達成できる」という信念をもって努力をしなければならないとしている。

 

 

私事ですが、大学に入学した年に実家が倒産して不幸が訪れ、10年位は経済的にも大変な時期があり、

半ば投げやりな時期もあり、嫉妬、怨念に支配され、

人間が出来てないものですから、親を恨んだ時期もありました。

しかし、櫻木 健古さんの本を読んでいると

その人の能力以上の災難は来ない」と書いてあり、

そうか私は試練を乗り越えられる」と確信しました。

当時は実家も競売になり、家財道具も差し押さえられ、

今ではいい社会勉強をしたと思っています。

 

30年 2月 10日    院長 藤田泰志

 

人生の岐路に立った時

人は、重大な人生の岐路に立たされた時に、いろんな進むべき道があったとしたら、一番安全な道を歩みたがるものである。けっして、困難で過酷で危険な道は選ばないものである。

そして、自分がクリアーしやすい道を選んでしまうことだろう。ところが、こういう安易な道を選ぶと、不思議なもので最悪な結果になりやすいものである。

特に、複雑な人間関係を克服しなくちゃならないというような道を選ばずに避けてしまうと、益々人間関係がこじれてしまうものである。

つまり、嫌な縁を避けるような道を選ぶと、上手く行かないことが多いのだ。そして、不思議なことに、さらに嫌な縁とつながってしまうのである。

 

実はそんな経験を自分も、恥ずかしながらも沢山積んできたのである。仕事においても家庭においても、そして地域活動の場合も、同じような失敗を沢山積み重ねてきたのだ。面倒くさい方法や自分にとって辛くて大変なプロセスを嫌がり、安易な方法を選択した時ほど、大変な失敗をしてしまったのだ。または、自分の評価や大きな利益を優先して、進む道を選択した時ほど、大きな失敗をして、深く後悔している。さらには、縁というものをないがしろにして、関係性を無視したような選択をした時も、結果として不幸な目に遭ってきたのです。

 

人生の過程において、過酷で困難な岐路を選ぶことは、勇気のいることである。

困難な道のほうが、やがては成功するだろうとおぼろげに解っていても、やはり安易で楽な道をついつい選んでしまうのが常であろう。例えば登山をする時に、ロープウェイやリフトを使う簡易な登山道と、自分の足だけで大変な労苦と時間を要する登山道のどちらかを選ぶ際、たいていはロープウェイが使える登山道を選ぶであろう。しかし自分の足だけで登る登山道を選び、また、鎖場や岩場が続く登山道を好んで選択したら、結果として山頂に立った時の充実感が違うと思います。汗をかきかき苦労して登り切った時の達成感は、安易な道の数倍も感じられることでしょう。

人生においても、苦労して達成した結果は、自分に大きな喜びを与えてくれるだろうし、多大な自己成長も実現させてくれるに違いない。

私も引退して2年程ゆっくりさせて貰っていましたが、働いていないと先ず曜日が解らなくなってきます。それから社会と断絶して疎外感が心に湧いてきて憂鬱な気分になってきます。

 

猫の愛護団体さんからもう一度野良猫の不妊手術をしてもらえないでしょうかという話があった時に1日だけ夫婦で相談してさくらねこ動物病院を開院することに決めました。年金生活でストレスもなく食べていけるのですが、映画夢の香りの中でのアルパチーノの言葉で人生の岐路に立った時どちらが正しいかすぐ解かった!!でもその道は選ばなかった。何故ならその道はhardである。という言葉を思い出して、ストレスがかかる今を選びました。お陰で、曜日が解らないことも無くなったし、疎外感から解放されました。

 

今後は体力、気力と相談しながら、できる限り社会貢献をしていきたいと考えています。

 

 

 30年1月10日  院長 藤田 泰志

積善(せきぜん)の家に余慶(よけい)あり

中国には数千年も前に書かれた「易経(えききょう)」という本があります。聖人といわれた孔子は、本のとじ紐が三度も切れたほど熟読したと伝えられていますが、その本の中に「積善の家には必ず余慶あり」と書かれています。善いことを積み重ねていると、必ずその人の家にはたくさんの幸せやよろこびごとが起きてくるという意味なのです。

 

善を善(よ)い行いと解釈すると、人に対して親切であったり助けになったりして、相手から感謝されるような行いが「善」であるように思われます。そして、ここで言う人とは家族ではなく他人様を指すもので、「家族以外の人にまでも善意を持った行いをしていれば、それが積み重なって、自分自身の子供や孫の代にいたっても幸福に恵まれる」ということを説いていることになります。

だとすると、もう一方の「積不善の家には必ず余殃(よおう)有り」というのは、「人様に対して善意に欠ける行いをすれば、孫子の代にいたっても災難に遭う」と解釈されます。

 

子孫まで余慶の恩恵を受けても、油断すると「徳切れ」という事象が起きてくるらしい。これは恩恵を当然な事と勘違いして、毎日浪費していくと徳切れが50歳くらいに現れ大病したり、事業が傾いたり、家族が不和になり、運勢が傾いて何事も裏目の人生がやってくるそうです。それではどうしたらいいかというと結局徳を積んで徳切れを避けるしかないし、死を迎えるのは完全に徳切れを起こした時という説もあります。

 

それでは具体的にどうすればいいのでしょう?

 

  • 掃除をする 自宅なら家族や自分が心地よく過ごせるように、職場でも皆がいい気持ちで働けるように、心を込めて丁寧に掃除をしましょう。
  • 匿名で寄付する。寄付をするのも徳積みになりますが、他の人から分かるように寄付をしてしまうと、褒められたりして「いい気分」になり幸福感に積んだ分の徳を使ってしまいます
  • 仕事の技術や知識を磨く。下座行として、今の仕事の技術や知識を磨くことも徳積みになります。ストイックに、その道を極めていきましょう。
  • 目の前の相手を敬う。人と接する時に、目の前のその人を心から敬い、敬意を示すことも徳積みになります。
  • 下心無く相手の喜ぶことをする。「いいことをしてやった」と浮かれないで、本当に皆にとってこれが良いのだろうか? と少し自信がないぐらいが丁度よいです。
  • 天に捧げるイメージで仕事をする。「お客様は神様です」という言葉がかなり誤解されて広まっていますが、本来の意味は、「もしも神様がお客様としてやってきたとしても、恥ずかしくない商品・サービスを提供しましょう」ということなのですね。
  • 祈り。自分のことは置いておいて、周りの人や人類全員が良くなりますように…と天にでも神様にでも良いので祈ってみましょう。

 

そのほか、具体的に様々なことがありますが、利己的ではなく「利他的」なことをすれば徳を積むことになると思います。動物愛護団体の人々、市井の個人で動物愛護している方も徳を積んでいらっしゃると思いますので、疑うことなく前進していきましょう。

 

この方法も一説ですので、信じるか信じないは個人の自由ですが、運が悪いときには、現実的な問題にとらわれすぎず「徳を積むと解決するかもしれない」という発想を持っておくことが大切と思われます。

 

29年12月10日  院長 藤田泰志

運がいい人には4つの特徴がある

運がいい人、あなたの周りにいませんか?

運がいい人には特徴があります。

実際に、運がいい人を並べてみると、共通した要素があるものです。

そんな運がいい人の特徴を4つ、挙げてみました。

ちょっとしたことを意識するだけで、運がいい人に近づけるはずです。

 

「運気を上げるためにすること」といえば、皆さんは何を思いつきますか?たとえばパワースポットと呼ばれる場所へ行く、神社にお参りする、断捨離をする、ラッキーアイテムを身につける、などが挙げられるでしょうか。確かに運がいいと思われる人、いわゆる成功を収めている人の中には、そういった行動を習慣にしている人も多いです。一方で、パワースポットやアイテムを積極的に取り入れずとも、日々をハッピーに過ごしている人がいるのも事実。そこから私が推測したのは、日々の習慣や行動も確かに大事ではあるけれど、それ以前にそういう人たちには何か共通する、メンタル面での要素があるのではないか、ということです。

 

■運がいい人の特徴1.無理して好かれようとしない

まず、運がいいと思われる人にはほぼ共通して、「万人に好かれる必要はない。そもそもそれは不可能」という、人間関係における確固としたスタンスがあります。こう表現するとややドライにきこえるかもしれませんが、自分を好いてくれる人のことはすごく大事にするし、自分がいいな、好きだなと思う人には愛情を注ぐことを惜しまない。一方で、自分のことを嫌いだという人がいるのも当然のことだし、自分の元を去っていく人がいるのも自然なこと。
それに関しては我関せず、というような執着しない精神を持っていて、それがなお、人を惹きつける魅力=人気となっているのです。

■運がいい人の特徴2.付き合う相手を選んでいる

先の内容とリンクしますが、運がいい人は自分の気分や運気を下げるような人とは、意識的に付き合わないようにしている、というのも大切な要素。普段自分が親しく付き合う人というのは本当に重要で、相手の言動や容姿などから受ける影響は、目には見えないものの、メンタルに大きく響いてくるもの。

つまり、自分にとって心地のいい人、話していて気分が良くなる人を選んで付き合い、その人のために時間を使うのを大切にしているということ。

 

■運がいい人の特徴3.過去の出来事にとらわれない

運がいい人というのは、常にタイムラインを現時点に持ってきて、今起こっている事象だけに集中しています。たとえ世間的に見て失敗だと思われるような過去の出来事でも、それを失敗だと捉えず、ただの経験だと考える視座の高さがあり、過去の出来事にいつまでも執着しない。それゆえに今目の前に起こっている現象に集中でき、やってきたチャンスを見逃すことなく上手につかみとることができる。それが運の良さにつながっているというわけです。

 

■運がいい人の特徴4.思い込みが上手

運がいい人というのは大体、自分のことを運がいい人だと思っています。つまり、思い込みを上手に利用しているということ。これはモノの捉え方にもつながりますが、自分のことをラッキーな人間だと思い込めば、自分に起こってくる出来事すべてに、ラッキーな面を見出せるようになります。幸運を見つける能力に長けているということは、幸運な出来事を人よりも多くカウントできるということ。

 

 

私もこの齢になっても、まだ僥倖を願っているのですが、お釈迦様はこの世の苦の原因は「渇愛」と言われました。修業が足りないせいなのか、欲をコントロールするのは難しいものです。

 

29年11月10日  院長 藤田泰志